緑の光線

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2020-01-09 (Thu)

『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ

『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ

『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ(82년생 김지영  조남주)ここ最近韓国の小説の日本語翻訳版がかなり出版されるようになりましたね。その代表作がこの『82年生まれ、キム・ジヨン』ではないでしょうか。日本でもこの小説に共感する女性が多いとかで、メディアでもよく取り上げられていました。この本は、韓国語教室の先生からお借りしたもので、今回は韓国版原書で読みました。この本、小説、となってますが、...

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『82年生まれ、キム・ジヨン』チョ・ナムジュ
(82년생 김지영  조남주)

ここ最近韓国の小説の日本語翻訳版がかなり出版されるようになりましたね。その代表作がこの『82年生まれ、キム・ジヨン』ではないでしょうか。
日本でもこの小説に共感する女性が多いとかで、メディアでもよく取り上げられていました。
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この本は、韓国語教室の先生からお借りしたもので、今回は韓国版原書で読みました。
この本、小説、となってますが、小説というよりは、ドキュメンタリーを読んでいるようで、そのせいか、文学的な複雑な表現が少なく、韓国語学習者にもわりと読みやすい本でした。

さてさて感想ですが・・・確かに共感できる部分もあるけど、すべてに共感できる、とは言えないかな・・
以前韓国語教室に一時臨時で教えに来ていた先生がこの本の話をしていたのですが、(この先生は女性でおそらく30代でキム・ジヨンと同年代、日本人男性と結婚していて、子ども無し)この本にはあまり共感できないと言っていました。主人公のキム・ジヨンが感じた「差別」をそんなに感じたことがないからだそうです。その先生のご両親が男女で差別をするような両親ではなかったらしく、先生と、先生の弟を差別することなく、金銭的にも教育の面でも、弟と同等だったそうです。ただ、親戚の集まりなんかがあるとき、男性陣は食べたり飲んだり騒いでいる一方で、女性陣ばかりが料理作ったり皿洗いをしたりして、いとこのお兄ちゃんたちは男性陣と一緒になって食べているのに、女の子だけが手伝いをさせられるのは、納得がいかなかったそうです(笑)

まず、日本と韓国では社会背景に違いがありますよね。
キム・ジヨンは、上から2番目の子どもで、上に姉がいます。つまりお母さんは女の子をふたり続けて産んだわけです。そして、3番目の子どもを妊娠し、女の子だとわかった時点でお母さんは中絶の手術を決めます。1980年代、女の子だからという理由での中絶手術が公然と行われていたそうで、その当時、3番目の子どもの男女比率は、男子が女子の2倍だったとか・・・・

そういう社会背景の中で、キム・ジヨンは「女性」であることの生きづらさを、様々な場面で感じることになります。子どもの時だけでなく、結婚して子どもができて育児をするようになってもです。

ただ、私個人は、幸いにも(といっていいのかわかりませんが)女性であることで特別差別を受けた、という意識があまりないんですね。(鈍感なのかしら)

キム・ジヨンは結婚しても仕事を続け、そして妊娠します。子どもができたことを素直に喜びたくても、それ以上の不安がジヨンを襲います。子どもを産んだ後も仕事を続けられるのかどうか・・
夫が言います「俺が手伝うから、おむつも替えるし、ミルクもあげるし、洗濯もするからさ」
「失うものばかり考えるんじゃなくて得るものを考えようよ。親になるってとても意味のあることだし。もし子どもを預けるところがなくて、君が仕事をやめるようなことになっても、俺が責任とるから。君に働けなんて言わないよ」
ジヨンが言います。「じゃあ、あなたが失うものは何なの」「私は今の若さや健康、仕事、同僚、友達といった社会的ネットワークも計画も未来もすべて失うかもしれないのに」

確かに子どもを産むことで多くのことが失われますよね。でも、それってある程度は仕方のないことではないかと・・・ただ、男性は失うものがなくて、女性ばかりが失う、ってのはやっぱり問題ですけど・・・ その失うものの差が、今後縮まっていくようにするためには、やっぱり人々の意識や社会のシステムを変えていく必要があるのでしょう。

男性が育児を「手伝う」のはおかしい!育児は親として当然するべきことなのに、「手伝う」ってどういうこと!って怒っている人がいました。確かにそうですけど、私としては、「手伝うよ」って言ってくれるだけでもありがたいです(笑)(←こういう私の意識も問題なのかも)

私を含め、私の周りの女性は、妊娠出産で仕事を一時辞め、慣れない育児にあたふたして、それでもママ友と情報交換しながらなんとか育児を頑張り、子どもがある程度大きくなったら、パートやアルバイトで働いて・・・そういう人が多いです。あ、もちろん妊娠出産しても、育樹休業を取得してその後仕事に復帰してフルで働いている女性もいます。かなり大変だと思います。相当の覚悟とそれないの環境が必要になると思います。私にはその覚悟がなく仕事を辞めました。でも、別に後悔はしてないですよ。

どんな生き方であっても、その人がいいと思える生き方ができる社会になることが一番ですけどね。

最後に・・・確かに女性であることの生きづらさ、あるかもしれませんが、それは男性にも言えることですよね。「男なんだから」「男はこうでなくっちゃ」みたいな意識、まだ根強く残っていると思うんです。男性にも生きづらさ、ありますよね。
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書店で * by おんだなみ
書店でもよく見掛けます、アマゾンの評価も高いし。

性差による生き辛さは、状況は変われど、世界中にあるでしょう、
日本や韓国に比べ、酷い性差がある国も多いのではないでしょうか。
だから、我慢しなさいと言う訳ではないですが、

ただ、この主人公ジヨンの「じゃあ、あなたが失うものは何なの」や
他の発言に、自分だけが「割を食ってる感」が強すぎて、
何だかなぁ~と思いました。

自分が子供の頃、家に帰ると母が居る事が、ホッと出来たのですが
今の時代は、難しいのでしょうね。

Re: 書店で * by green
おんだなみさん、そうなんですよ~~~
言いたいことはわかるんだけど「なんだかな~~」というもやもや感は拭えないんですよね。
確かにそういう生きづらさはあるかもしれないけど、生きて行かなきゃならないんだし、
嘆いてばかりでは・・・という気持ちになってしまうのです。

No Subject * by greengreen
話題になっている本ですね。私も気になっていました。原書で読める語学力があるなんてすごい!韓国語の勉強をずっと続けておられるのですね。

20代の頃、韓国人の友人が多くいたのですが、当時の感覚では韓国の男女観って日本より一世代古い感じがしていました。日本より更に更にコンサバな感じです。日本社会と同じく今は随分変わったと思いますが、80年代に生まれた著者であっても男尊女卑社会に閉塞感を感じている?人がいるのですね。記事の中の夫の言葉を読んで、結婚しても男性に女性があわせることを前提にした価値観、人生観が男性たちの間では依然として揺るがないことに彼女はいら立ちを感じているのではないかと思いました。greenさんが仰るように、誰もがいいと思える生き方、100%ではないにしてもそれに近い選択ができる世の中が一番だと思います。(*^-^*)

本を読んでないのでずれた意見かもしれないのですが・・日本もまだまだ男性優位の社会であるように感じます。都会よりも田舎にいるとそれをじんじん感じます。10年以上前でしたが欧米人の男性にある街を案内していた時、通りかかったレストランで「レディースプラン」の表示があったんですね。女性だけ特別価格、デザートつきます、みたいなのです。これをみて彼は「なぜ女性だけ優遇されるのか、男性に対する差別じゃないか」って結構本気で怒っててびっくりしたんです。私はそれまでレディースセットをみてもなんとも思わなかったけれど、考えてみたら、こういうのって普段男性優位の社会で劣位にいる女性への埋め合わせ的なものかと気づきました。観察していると、世間の女性の管理職推進、役職への女性登用などの動きにもまだまだ男女間に大きな格差があることの表れのように感じてます・・・(;'∀') 

greengreenさん * by green
今日、この本を先生にお返ししました。それで、先生はこの本をどう思われたのか聞いてみたのですが、
先生も「共感できない」「私にはこんな経験がない」とおっしゃいました。先生は77年生まれで主人公よりも5歳年上なのです。
先生は、映画もご覧になったそうですが、内容に偏りがあって「腹が立った」とおっしゃってました。
確かに目に見えない差別、直接的でないにしても何気ない言葉で人を傷つける人、まだまだいるんだと思いますが、主人公のジヨンには不幸な出来事が多すぎるような気がします。先生は自分の母親の世代の話を聞いてるようだと言いました。

とはいっても・・根強い男女役割意識、まだありますよね。男性比率がまだまだ高い職業もたくさんあります。
男性と女性で受けられるサービスに違いがあるのも、確かに??かもしれませんね。

2019-12-18 (Wed)

『桜の実の熟する時』 島崎藤村

『桜の実の熟する時』 島崎藤村

『桜の実の熟する時』 島崎藤村『破戒』つながりで、藤村の作品を続けて読んでみることにしました。『桜の実の熟する時』というタイトル通り、藤村が大学生の頃の出来事、心情をつづった、自伝的小説です。こんなことを言うのも非常におこがましいですが、自分が大学生だったころのことを思い出してしまいました。10代の終わりから20代にかけて・・・大人になり切れない、微妙な年ごろですよね。大学生の頃、自分のなかの世界と、...

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『桜の実の熟する時』 島崎藤村
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『破戒』つながりで、藤村の作品を続けて読んでみることにしました。
『桜の実の熟する時』というタイトル通り、藤村が大学生の頃の出来事、心情をつづった、自伝的小説です。こんなことを言うのも非常におこがましいですが、自分が大学生だったころのことを思い出してしまいました。10代の終わりから20代にかけて・・・大人になり切れない、微妙な年ごろですよね。
大学生の頃、自分のなかの世界と、外の世界(現実世界というか、世間というか)との隔たりみたいのを強く意識するようになったことを覚えています。自分ひとりで悶々と考えに耽ることが多くなり、その深みが増すほどに、現実の世界とどう折り合いをつければいいのかわからなくなったような、そういう時期でした。

だから、主人公捨吉の寂しさや苦悩、鬱々とした気持ち、将来への不安や期待などなどに、妙に共感できてしまい、懐かしさや郷愁の念を覚えてしまいました。
若いって、いいな~~~(もしも大学生に戻れたら、もうちょっとちゃんと勉強するのにな~)

話は変わりますが・・・
以前、息子の高校の現代国語の授業について書きましたが、どうやらその先生、現在療養中とのことで学校をお休みしているそうです。(詳しい理由はわかりませんが)12月の初めに期末テストがあり、その最終日に生徒による授業評価が行われたそうなのですが、(生徒が教師の授業を5段階で評価します)もしかして、その評価が非常に悪かったせいで?・・と勝手に想像しちゃったりしています・・・

それで、その先生の代わりで、副校長先生が現代国語を教えてくれているそうなんですが、夏目漱石の『こころ』について、「先生は高校教師として、もう何年も『こころ』の授業をしてきたが、いまだにわからないことばかりだ」と、『こころ』についていろいろと語ってくれたそうです。そして生徒に色々な質問をなげかけて、とても中身の濃い授業をしてくださっているそうです。息子は「ずっと副校長先生に授業をやって欲しい」と言っています。その副校長先生の影響かどうかわかりませんが、『こころ』を最初からきちんと読もうと図書館で『こころ』を借りる生徒が急増し、図書館は急遽『こころ』の蔵書を増やしたそうです。そして息子のクラスでは読書ブームとなり、休み時間、ほとんどの生徒が本を読んでいるとか・・・いや~~良い傾向ですね!
この読書ブーム、どうかブームで終わりませんように!
蔵書を増やすって * by おんだなみ
島崎藤村が続いてますね、
大人に成り切れない時代、そんな時もあったなぁ~
と、今では懐かしい気持を覚えます。

生徒自身に色々と考えさせる副校長先生の教え方、いいですね。
図書館で「こころ」の蔵書を増やすまでなんて、凄い事です。

Re: 蔵書を増やすって * by green
おんだなみさん。島崎藤村、『破戒』とはまったく違う作風で、ちょっとびっくりしました。
息子の高校、何はともあれ、良い変化があったようで、親もちょっと安心しています。
スマホでSNSする時間を、少しでも読書に使ってくれたら・・と願います。

2019-12-16 (Mon)

電子書籍は読んだことありませんが・・・

電子書籍は読んだことありませんが・・・

少し前の新聞(夕刊紙)で、もうすぐ終わる紙の本 という特集が掲載されてました。電子書籍の普及が進む中で、紙の本はこのまま終わるのか、紙の本が終わるとどうなるのか・・・だいたいそういう内容でした。私は電子書籍は読んだことがなく、(だいたい電子書籍を読むための電子機器を持っていない)もっぱら紙の本ですが、写真や図画がメインの書籍はともかく、文章だけで成り立つ本は、電子書籍も紙の本も、そんなに変わりはな...

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少し前の新聞(夕刊紙)で、もうすぐ終わる紙の本 という特集が掲載されてました。
電子書籍の普及が進む中で、紙の本はこのまま終わるのか、紙の本が終わるとどうなるのか・・・
だいたいそういう内容でした。

私は電子書籍は読んだことがなく、(だいたい電子書籍を読むための電子機器を持っていない)もっぱら紙の本ですが、写真や図画がメインの書籍はともかく、文章だけで成り立つ本は、電子書籍も紙の本も、そんなに変わりはないのではないかと思っていました。個人の好き好きの問題ではないかと・・

ところが、ある日の記事にこうありました。

推理小説を読むとき、物語の展開を追い、登場人物の関係、どんな場面でなにを言ったかを、脳は自動的に格納しながら読みます。その記憶は本という実態に対する感覚に、大きく依存しているんです。本の最初か、中ほどか。右のページか左のページか。そうした手掛かりと共に記憶されます。

電子書籍にもブックマーク機能があるから、自分がどこまで読んだかを機械に記憶させることはできるけど、ページをめくって読み返したいところを探す、紙の本にはかなわない、と言うのです。

なるほどね~~~ひとつの文章を読むのであれば、電子書籍で読んでも紙の本で読んでも同じだけど、文章の集合体である一つの作品を読むとき、自分の手で、物質としてのページをめくりながら、行きつ戻りつ読む、という体験は、確かに電子書籍では得られないよな~~~そういう体験は確かに脳に何らかの刺激を与えるのかも・・

記事にはこうも書いてありました。
特に教科書が紙の本であるのが重要で、いま学んでいることが全体のテキストのどのあたりにあるのか、どのような位置関係でかかれているのか、それが脳に記憶されることがとても大切。

実際、教科書を電子化しようという動きもありますよね。
電子化してしまった場合の影響がどれほどのものなのかはよくわかりませんが、何を電子化し、何を電子化しないでおくか、の判断が重要なんじゃないかな~~~

今、音源も電子化ですよね。私なんかは、昔はレコードやカセットテープ、今はCDという物質を通して音楽を聴きますが、今の子たちはCDなんか買わないですよね。すべてスマホの中に入っていて、聞きたい音楽をいつでもどこでもすぐに聞ける、ほんとうにうらやましいというか、贅沢な音楽環境です。

私は、いまだにレコード、CDの感覚が身についていて、つまりアルバムの曲順とか、曲と曲のつながりとかが、しっかり記憶されているんです。ある曲のエンディングを聴くと、その次のイントロが頭の中で自動的に再生されます。まだCDが世の中に出てない頃に聞きまくったレコードなんかは、B面の最後の曲を聴くと、反射的に「あ、カセットテープをB面にひっくり返さなきゃ」とか思っちゃいます(笑)

そういえば、音源が電子化されると、好きだったアーティストの曲が聴けなくなる、というリスクがあるのでは、と思う時があります。たとえば、ミュージシャンが社会的に問題ある行動をとってしまったとき、今の社会の風潮では、そのミュージシャンの作品(楽曲)までもが配信停止になっちゃうことがありますよね。こういう場合、やっぱり「モノ」として音楽を持っていた方が安心なのでは・・と考えちゃいます(考えすぎかな?)

本の話から音楽の話に逸れてしまいましたが、電子化の波は止められないでしょうが、まあ、うまく付き合っていくしかないかな。
アナログも残る * by おんだなみ
電子書籍は、何冊も入れられるメリットがありますが、
私は、何となく内容が頭に入って来ないんです、
紙の本の方が、ページをめくる手触り感や、モノとしての
存在感があって、大好きです。

現代は、何でも電子化されてますね。
でも、音楽ではレコードやカセットテープが見直されたり、
絵などのグラフィックでも、紙と筆、ペンは厳然と残っているので、
どちらがと言うのではなく、相乗効果が生まれ両方生き残るのでは?
と思います。

Re: アナログも残る * by green
おんだなみさんは、電子書籍での読書も経験済みなんですね。
確かに、今またカセットテープも見直されてますよね。
モノとしてあるほうが、それに対する思いや気持ちがより強くなるような気もします。

モノと電子化、どちらにも長所短所がありますよね。
うまく利用できたらいいと思います。

紙媒体派です * by はなまめ
文字も音楽も電子化が進んでいますね~。
でも、私は本は紙媒体派です。紙の本だと気になるところにすぐ戻れるところが好きです。
今は体で体験することが減っているので、生きている実感が揺らいでいる人が増えているという説を読んだことがあります。電子書籍もこれに当てはまるかは微妙ですが、手触りなどの五感も忘れたくないです。
個人的には紙の本も残るんじゃないかな…と思うのですが・・・。

Re: 紙媒体派です * by green
はなまめさん、まさに「行きつ戻りつ」できることの良さ、ですよね。
ページをめくる、紙を触る、そういう体感って、大事なのかもしれませんね。
何もかも電子化されたら、なんだかつまんないですよね^^

2019-11-29 (Fri)

『破戒』 島崎藤村

『破戒』 島崎藤村

いわゆる名作、傑作と呼ばれる文学作品、数多くあるわけですが、人生すっかり折り返し地点を過ぎた今、ひとつでも多く読んでおきたいな~~と最近思うようになりました。中学、高校の教科書に出てくるような文学作品でありながら、タイトルは知っていても、一度も読んだことがない、という作品がまだまだたくさんあるのです。島崎藤村の『破戒』も、その中のひとつです。私は、『破戒』を『破壊』と勘違いしていたくらいです💦破戒...

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いわゆる名作、傑作と呼ばれる文学作品、数多くあるわけですが、人生すっかり折り返し地点を過ぎた今、ひとつでも多く読んでおきたいな~~と最近思うようになりました。中学、高校の教科書に出てくるような文学作品でありながら、タイトルは知っていても、一度も読んだことがない、という作品がまだまだたくさんあるのです。

島崎藤村の『破戒』も、その中のひとつです。
私は、『破戒』を『破壊』と勘違いしていたくらいです💦
破戒・・・戒めを破る、ということですね。
その戒めとは、父からの戒めー自分の身分を決して打ち明けるな、どんなことがあっても一生隠し通せ-という戒めであり、その厳しい戒めを、この作品の主人公丑松がとうとう破ってしまい、自分の出生を告白するまでを描いたのが、『破戒』です。
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私にとってかなり衝撃的な作品でした。読み終わった後も、丑松の苦しみや彼がとった行動の訳などについて、頭の中でもんもんと思いめぐらせています。

被差別地域出身であることで、どんな差別を受けてきたのか、というよりも、自分の出生、身分をひた隠しにしてきたことに対する丑松の苦悶が主に描かれています。

外からの直接的な攻撃に苦しむというよりは、丑松が自分の内側で苦しみをどんどん募らせて膨らんでいく様子が書かれています。

同じ被差別地域出身でありながら、自分の身分を明かし、解放運動家として活動している猪子先生を慕い、尊敬し、この先生になら打ち明けられる、先生に打ち明けて、先生の力になりたい、苦しみを分かち合いたい、と思いながらも、いざとなるとどうしても打ち明けられない・・・
目に見えない大きな壁のようなものに阻まれて出口が見つからず一人内へ内へとひきこもっていくような、そんなイメージを私は抱きました。

いよいよ、自分の身分を打ち明けるという決意を胸に、小学校で最後の授業を行う場面は、涙なしには読めませんでした。子どもたちの前で「許してください」と跪いたのはなぜ?なぜ「許してください」なのか? 彼は何に対し、なぜ許しを請わなくてはならなかったのか・・・・

そして、丑松は「逃げるようにして」そこを去り、日本を離れることにします。
もうそこでは暮らせないのです。それだけ、容易には崩れることのない、なくなることはない、根の深さのようなものを感じました。

別れの場に駆けつけてくれた生徒たち、身分など関係なしに丑松自身を見てくれた志保、身分が分かった後でも友達でいてくれた銀之助の存在が救いでした。

この作品、明治時代に書かれた作品ですが、とても読みやすかったです。(そんなふうに読むのか!という漢字はたくさん出てきますが)とても明瞭な文体で、体言止めがたくさん用いられているのが特徴でした。

本の巻末には、この作品の解説、差別問題についての解説があり、この作品の理解に大いに役立ちました。この作品を通して、日本の負の歴史をひとつ知ることができたような気がします。



被差別 * by おんだなみ
学生時代に教科書の課題にあった作品は
一度、読み返したいと思っています。
この「破戒」は記憶にありませんが、一度、読んで見たいと思います。

日本に限らず、世界には差別が蔓延しています。
差別する側とされる側、差別は何故起きるのか、
自分なりに、更に調べたり・考えたいですね。

Re: 被差別 * by green
『破戒』にあるような差別は、今の社会では薄れているのかもしれませんが、現在でも多様な差別は存在しますよね。
何が差別を生むんでしょうかね・・・なぜなくならないのでしょうか・・・
考えさせられますね。

No Subject * by greengreen
あらすじは知っているのですがまだ読んだことがありません。何であっても周囲に「隠し事」をして生きるのってすごく精神的に辛いことではないかと思うんです。丑松がなぜ周囲に許しを請わなければいけなかったのか?これ、本当に時代の背景ですよね。今の時代、同和問題は表面的には薄れてしまってあまり気にする人はいなくなっているように思うのですが、それでも根絶することは難しいですね。差別の根底にあるのは差別する側の無知と恐怖心であるように思います。差別をなくす・・これは自分自身との闘いでもあるのでは、と。私もこの小説をきちんと読んでみたいです。

greengreenさん。 * by green
主人公丑松の心の辛さがひしひしと伝わり、胸が痛みました。隠しているのも辛いし、かと言って、打ち明けた後普通の人のようには生きられないことは重々わかっているわけですから・・・
根の深い問題だということが改めてわかりました。再読したいです。

2019-11-04 (Mon)

50代から始める知的生活術「人生二毛作」の生き方

50代から始める知的生活術「人生二毛作」の生き方

50代から始める知的生活術~「人生二毛作」の生き方  外山滋比古 著図書館の書架の間をぶらぶら歩いているときに、ふと目に留まった本です。「50代から」という言葉に引っかかったのでしょうか・・・折角目に留まった本・・借りてみることにしました。副題にある通り、人生は二毛作で生きよ、50代、60代から二度目の人生を生きられるよう、30代、40代のうちから準備をしておこう、といった内容です。仕事を退職する・・・子ども...

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50代から始める知的生活術~「人生二毛作」の生き方  外山滋比古 著


図書館の書架の間をぶらぶら歩いているときに、ふと目に留まった本です。
「50代から」という言葉に引っかかったのでしょうか・・・
折角目に留まった本・・借りてみることにしました。
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副題にある通り、人生は二毛作で生きよ、50代、60代から二度目の人生を生きられるよう、30代、40代のうちから準備をしておこう、といった内容です。

仕事を退職する・・・子どもが独立する・・・といった人生の節目を迎えるのは50代後半から60代にかけてでしょうか・・・
そういった人生の節目に立ち、「さあ、これからのんびりと暮らそう」というのもいいけど、今までやってきたこととは全く違うことをやってみる、新しいことを始めてみる、別の仕事を始めてみる、といった「人生二毛作」の考えがよろしい、というのが外山先生のお考えです。

確かにねえ~~~人生100年なんて言われるようになっている昨今、50代からは第二の人生を歩き始める、というのもありですね。
というか、そういう意気込みで生きて行く方が、人生をより楽しめそうな気がします。

「人生二毛作」の生き方を実現させるためにはどうすればいいのか、どういう準備、生活をすればよいのか、ということが書いてありますが、「なるほど!」と同意できるものもあれば、「え~~~それはどうかな・・・」と同意しかねる部分もありました。

私も歳をとったせいか、こういう本を読んでも、それに流されるばかりではなく、一人前に反論できるようになりました(笑)

私もすっかり50代なわけで、これからの生き方について真剣に考える時期に来ているのかも・・・
そういう意味で、少しだけ(笑)刺激になった本でした。
二毛作 * by おんだなみ
全然、準備してませんでしたが、まるっきり違う事をしたいと考え、退職した自分に、ばっちりの本です。
以前、コメント頂いた、伊能忠敬や、やなせたかしの話を聞くと、何か出来そう、いや、やらないと!と思います。

Re: 二毛作 * by green
おんだなみさんは、これから人生の二毛作目ですね!
まるっきり違うことをするのは、かなり勇気が要ることだと思いますが、決断、実行されたおんだなみさんに拍手を送りたいです!

No Subject * by greengreen
こんにちは。書店に並んだ本をみていると「50代からの○○」のタイトルがなんとも多いこと!40代あたりまでは仕事や子育てなど日々の生活でやらなくてはいけないことが山積でも50代くらいになるとふっと忙しさのレベルが下がるのかしら。そうなった時にどうしたらよいのだろうかという人が多いのかなと思って時々立ち読みしていました(笑)私も人生の後半、なんだかこれまでのように全力でもって仕事にエネルギーを注いだり、社交に活発にという気力がないのだけど、有為に過ごすにはそれももったいない気がして・・と思ってました。何かの参考になるかもしれません。また手にとってみたいと思います♪

greengreenさん * by green
50代は、人生の節目ってことでしょうかね。
なんだかあっという間に50代に突入してしまい、気が付けば人生すっかり折り返しに入っています。
自分の意識や、心がけ次第で、人生も大きく変わるのかもしれませんね。

再出発の時期 * by はなまめ
50代は再出発に丁度いいタイミングなのかも、と私も感じる今日この頃です。
70代になるとどうしても体力的に厳しくなるので、全く違うことを始めるなら今なのかな、と思います。かと言って、これがやりたい!ということはなかなか見つからないのですが・・・(^_^;)

Re: 再出発の時期 * by green
はなまめさん、確かに50代はひとつの節目であるような気がしますね。
まあまあ体力も気力も残っている今のうちに、次のステップを考えてもいいかもしれませんね。
ただ、新しいことを始めることへの怖さもありますよね^^;