緑の光線

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2011-12-07 (Wed)

『그래도 나는 ing』を読み終えて。

『그래도 나는 ing』を読み終えて。

 2年前の11月に読み始めて、2年以上かけて、ようやく読み終わりまた。 2冊半のノートに訳を全部書きました。めちゃくちゃ達成感です!! このノートは、私の宝物です。       ただただ、フィソンのことが知りたくて、挑戦した韓国語の本ですが、「フィソンを知りたい」というモチベーションのおかげで、完読することができました。そういう意味では、「フィソン、本を書い...

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2年前の11月に読み始めて、
2年以上かけて、ようやく読み終わりまた。
 
2冊半のノートに訳を全部書きました。
めちゃくちゃ達成感です!!
 
このノートは、私の宝物です。
 
 
 
 
 
 
 
ただただ、フィソンのことが知りたくて、挑戦した韓国語の本ですが、
「フィソンを知りたい」というモチベーションのおかげで、完読することができました。
そういう意味では、「フィソン、本を書いてくれてありがとう」です。
 
おかげで、韓国語の実力、伸びたと思います。
まず語彙が増えました。
漢字語にも慣れたし・・・
そりゃもう、読み始めの頃なんて、辞書ひきまくりで、ちっとも前に進まなかったものですが、
だんだん辞書を引く回数も少しずつですが減ってきて、読解力はだいぶんついたのではないかと思います。
 
はっきり言って、韓国語能力試験中級に合格できたのも、フィソンのおかげだと思ってます。
 
そして、何よりも、フィソンのことを知ることができた、これが一番ですね。
何に苦しんできたのか、 苦しい時、辛い時、どんな考え方をするのか、
フィソンの思考回路の一部を理解できたような気がします。
 
フィソンの内側を知り、私がなぜフィソンの歌に惹かれてしまうのかもわかったような気がします。
 
もっとこうした方がいいんじゃないかな~~とか、
こういう考え方もあるのにな~~なんて私なりに考えることもありました。
 
たった1冊の本で、その人のことを理解できるわけではありませんが、
もし、フィソンと話せるのなら、音楽以外のことで、いろいろ話してみたい、
例えば、読んだ本のこととかね。
あ、子育て相談とかもしてみたい。
うちは男の子ふたりだから、男ふたり兄弟ってどうなの?とか、
今、うちの子たちはこんな状況なんだけど、将来大丈夫? とかね(笑)
 
ずいぶん前の新聞で、こんな読者からの投書を見つけました。
 
本がくれた言葉 胸にしみた (23歳の女性より)

私は読書を習慣にしている。 読むことが好きというだけでなく、本は知識や言葉、発見、そして
夢や希望を与えてくれるからである。 これまでたくさんの言葉と出会い、学び、吸収してきた。
その中でも特に鮮明なのは、先日読んだエミール・クーエ(フランスの心理療法学者)の
本の一節、「日々、あらゆる点で、わたしは良くなっている」という言葉だ。 自己暗示の言葉
だが、この言葉を読んだとき、すーっと私の心に浸透するのがわかった。 (中略)
毎日、何か一つでも自分のものにしていく。 そうやって人間は成長していくのだと改めて
思い出させてくれた貴重な一節だった。 数年後に読み返したとき、成長したと実感できるよう、
努力を惜しまず日々をすごしていこう。
 
この「日々、あらゆる点で、わたしは良くなっている」という言葉、実はフィソンも本の中で
書いているのです。 
 
나는 날마다 모든 면에서 점점더 나아지고 있다.
私は日ごとにあらゆる面で段々良くなっている
これは、2008年の日記に書かれた言葉です。
 
フィソンも、この投稿者と同じようにエミール・クーエの本を読んでこの言葉が心に残っていたのか、
あるいは、フィソン自身からでてきた言葉なのか、わかりませんが、
この投書を読んだとき、「あ~~フィソンにこの投書見せてあげたい」って思いました。
そして、この投稿者の女性に、フィソンの歌を聞かせてあげたいとも思いました。
 
 
最後に、記事を読んでくださった方、コメントを残して下さった方、韓国語の疑問点について答えて
下さった方、 ほんとうにありがとうございました。
特に、フィソンファンでない人から、コメントをいただけるのは、とても嬉しかったです。
정말 대단히 감사합니다!!
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No title * by -
このノートは、本当に宝物ですね(^o^)/

すごいね~!!2年かけて、訳したんですね。
私が以前、ブログをやっていた頃に始めた韓国語。
すごい、上達しまたよね~!!
greenさんに、拍手です!!

私も、greenさんのおかげで、フィソン知り、いろいろと感動させていただいたので、とっても感謝しています。

ぽち☆ですね(*^^)v

No title * by green
ひまわりさん、2年かけて、というより、2年もかかって、ですね。
時間かかりすぎです^^;
そうなんです。このブログとともに、いろんなことが始まったような気がします。
勉強を続けてこられたのも、ある意味ブログのおかげかもです。
フィソンのこと、知っていただいてよかったです♪

No title * by 龍香
ほんとに、ほんとに根気があるね。好きこそものの。。。とは言いますが、まさにそんなかんじ。すごいです。勉強にもなって、なおかつ好きな人の言葉紐説くってすてきだなぁ グリちゃんの素敵な財産になるんだね。 次も頑張ってください。

No title * by green
ママさん、めちゃくちゃ時間がかかったけどね^^;
でも、最後まで到達できてよかったです。
ブログで記事にするというのも、ひとつの励みになりました。
ありがとう!!

No title * by -
greenさん、こんばんは~何だか一気にブログ読んでいます。
そうそう自分で翻訳されたのですね~凄い!!
大切な宝物ですね。

No title * by green
sakuraさん、すっごい時間がかかりましたが、「読み終えた」ということだけでも、かなりの達成感です。
よい経験になりました!!

2011-12-05 (Mon)

「長年の夢は必ず叶う」

「長年の夢は必ず叶う」

フィソン著 『그래도 나는 ing』より  WHEE SUNG'S STORY 05 길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに 오래된 꿈은 반드시 이루어진다長年の夢は必ず叶う   私が歌がうまい人を夢見始めたのはいつだったのか? 最初から今まで、私は一...

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フィソン著 『그래도 나는 ing』より
 
WHEE SUNG'S STORY 05
길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに
 
오래된 꿈은 반드시 이루어진다
長年の夢は必ず叶う
 
 
 私が歌がうまい人を夢見始めたのはいつだったのか? 最初から今まで、私は一度も歌手を
夢見たことはない。 いつも、歌がうまい人を夢見ていた。 子どもの頃、私の夢は歌を歌う人
ではなかった。 夢は何かと尋ねてくれる人がいなかったので、 きちんと答えたこともなかったが、
漫画が好きなので、漫画家にならなければと、漠然と考えていたにすぎない。

 私が夢を具体的に見始めたのは、おそらくダンスを始めた頃からだろう。 ダンスチームを
探しに行き、 そこから始まって、ここまで来たのだ。 多分その時ダンスチームに入らなければ
A4のメンバーになることもなかっただろうし、自然に歌を歌うことにつながることもなかっただろう。

 だから、私はいつも考える。 望むものがあるのなら、ひとまず始めようと。 どんな行動でも
始めること自体が、目標の直前まで連れて行ってくれることを信じているから、 始まりは
半分ではなく、「10分の9」だ。
 
 私が最初に歌に関心を持つようになったのは、中学生の時、 ユ・ヨンジンの「君の香り」に
接したときだった。 リズムアンドブルースが何なのかもわからず、リズムアンドブルースの
代表走者ユ・ヨンジンなのだ、とかその程度のものだった。 スローな歌を歌い、歌を歌って
ダンスを踊るのだが、本当に幻想的だった。 母が好きだったトロットばかり真似て歌っていた
私にとって、彼の歌は本当に雷のようだった。 外で友だちと遊ぶこともなく、家で歌を真似して
歌い、ダンスを真似して踊った。 古いカセットデッキに、街で売っている海賊版テープを入れて
歌はもちろん、伴奏まで、最初から最後まで全て覚えてしまった。 その時も狂っていた。

 少し前に、中学生の時に書いた歌詞を、偶然に見つけた。 どれほど決まり悪かったか、
1人でくすくす笑った。 人は知らない。 私がすでにずいぶん前から歌詞を書き、曲も
作っていたということを。 今はかなり売れる作詞家である私が、文才があり、よい歌詞を
書くと考えるが、 何度も言うが、私は先天的に生まれ持ったものがほとんどない人間だ。
死ぬほど努力して得たものを除いては、持っているものがない人間。 中学生の時も
いつも1人だった子は、歌詞を書き、メロディーをつけて鼻歌を歌う。 何かを作る作業に
あまり恐れがなかった時だった。 夢は、私の知らない間に、長い付き合いの友だちのように
いつもそばにあった。

 もちろん、長年の夢だからと言って、無条件に叶うものではない。 むしろ長い間大切に
しまっておいた夢を叶えようとするなら、長い眼識をもって、準備しなければならない。
寝た後には、消えてしまう、そんな一瞬の夢を願うのでなければ、ということだ。

 「一ヶ月を狂えば一年を使い、一年を狂えば10年を使うことになる」 私が信じている言葉の
中の一つだ。 長い眼識をもって、夢に向かって進む方法は2種類ある。 順々に発展させ
準備すること、私のように瞬間瞬間狂ったようにしがみつき、前に進む方法。 人は、たゆまずに
順々に進むことが楽な道だと言うが、私はそれが最も難しい。 目標ができたのに、なぜ走らず、
速度を調節して、順々に出来るだろうか。

 私には、デビューする前の一年間が最も熾烈だった時間だった。 その時を思い出すと、
「狂う」という言葉以外に、浮かぶ言葉がないほどだ。 のどが裂けるほど練習して、あまりに
至らなくて毎日のように泣いた。 そのように狂った一年を過ごしたおかげで、それ以降の
時間を生きてくることが出来たのだと考える。 30歳を目前にして来年29歳になるが、
私は再び狂う準備をしている。 それがまた、その後の10年を素晴らしく生かしてくれるのだと
信じる。

 最近私は、また別の夢を持っている。 SF小説を書く作家になりたいという夢。 私が書きたい
SF小説は、 科学的根拠を基にしているが、その中に懐疑論と、東洋的な事象が盛り込まれて
いなければならない。 まだ全体的な具像だけで、 具体的な内容はつかんでいないが、 今後
5年後、10年後、必ずやってみたいことだ。 文を書こうとすると、勉強をたくさんしなければ
ならないから、また辛い時間を送ることになるが、やはり、また狂ってみたい。

 夢は人を拷問する。 夢に近づくために走らなければならず、 強く突き当たらなければならないから。
だが、真の拷問は、夢がないということだ。 もうやりたいことがない、ということ、それが本当の
拷問ではないか。

 そうやって、心ゆくまで夢を見て生きてきたなら、死ぬ瞬間がひとつも怖くないだろう。 どうやって
死ぬのかは、どうやって生きるのかが決定するのだから。 一度くらい想像してみよう。 目を閉じると
自分の人生を最も冷静に評価できる瞬間が来る。 その瞬間、人生は、修正も変更もきかない。
その時、何と言おうか? 
「私は本当に人生を満足できた。 君も自分の人生を満足して食いしばれ」

 私は死ぬ前に「人生を満足した」という、この言葉を必ず言わなければならない。 人生を満足した
という言葉は、アルバムをたくさん売り、有名になることとは、大きな関係がないのだ。 死ぬ前に
それが何の意味を持つのか?

 ただ歌が好きで、走って、その過程で、数多くの事件と苦行に耐えながらも、最後まで歌をあきらめ
なかった自分自身の姿に満足したならば、それでよいのだ。

 おそらく、私は最後まで歌という仕事を手放すことはできないだろう。 歌という媒介がなかったなら、
私が今持っている人生に対する情熱が、到底私に伝達されなかっただろうから。 だから、最後まで
歌というこの電車に乗って行くのだ。 途中、他の人が経験することができない、素敵な駅にめぐりあい
ながら。 そうやって、いつまでも、そうやって長年の夢と一緒に走って来たならば、人生はとても
満足したものではないだろうか。

訳 : green
 
赤い字になってるところは、私の意訳です。
フィソンは、 인생 맛있게 먹다 という表現を使っています。
直訳すると、人生をおいしく食べる と言う意味になります。
 
人生を振り返ったとき、人生おいしかったな~~と思えるようになりたいな。
「だったら努力しなきゃ」 ってフィソンに言われそうですが(笑)
 
 
これで、フィソンが書いた本、『그래도 나는 ing』 の訳は終わりです。
全部読み終わりました。
 
あと一回だけ、記事を書かせてね。
次回は、読後の感想あれこれを書きたいと思います。
 
 
 
No title * by -
greenさん、こんばんは~
本当にフィソンさんがお好きなのですね❤
昨日CNBLUEのコンサートの番組を観ました♪
やはり韓国語が分からない私は歌詞が頭に入ってこないのでgreenさんが羨ましいですよ~

No title * by yonekyon
お久しぶりです。フィソンくんは努力の人ですねー。
歌手になるのは必然だったのかな。
努力家の彼ならSH作家にもなれそうですね。
訳できるgreenさんもすごいです。

No title * by green
sakuraさん、はい好きなんです~~
歌手としてももちろん好きですが、人として、彼が考えてることや、
考え方に、とても興味がありますし、共感もできます♪
CNBLUE、結構好きです。
韓国ではバンドスタイルが珍しいので、頑張って欲しいです~~

No title * by green
よねきょんさん、久しぶりです!!
やっと全部読み終わりました。
SF作家、どうでしょうね~~~
でも、書くことはすごく好きみたいだし、何よりも深く考えることが好きな人なんだと思います。

No title * by -
こんばんは。
今日も、またまた感動させていただきました。


血のにじむような努力をされたんですね。

学ぶことが多いですね!!

No title * by green
ひまわりさん、いつも読んでくれてありがとう。
この本を読んで、いろいろなことを考えさせられました。
彼がどんなことを考えてどんな思いで生きてきたのかを知ることができて、得るものが多かったと思います。

2011-11-28 (Mon)

「頑張れ 君達」

「頑張れ 君達」

フィソン著 『그래도 나는 ing』より  WHEE SUNG'S STORY 05 길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに 힘내라 그대들 - 힘들어 포기하려는 당신에게頑張れ君達 - 辛くてあきらめようとするあなたに 5集以降、と...

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フィソン著 『그래도 나는 ing』より
 
WHEE SUNG'S STORY 05
길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに
 
힘내라 그대들 - 힘들어 포기하려는 당신에게
頑張れ君達 - 辛くてあきらめようとするあなたに
 
5集以降、とても辛い時間を過ごした。 仕事を全てひっくり返したかったが、そんなこともできない
状況で、力になってくれる人もそばにいなかった。 脱出口が見えなかった時期だと言おうか。 
その時、家を出て独り立ちした。 両親に自分の辛そうな姿、しかめっつらな顔をした姿を
見せるのが嫌だったからだ。
 
 そうやって、家族にも辛い素振りを見せられず、本当の姿を隠して生きてきた時間だ。
本当に辛い時間だったので、よく耐えたというよりは、耐えられた時間だった。 その時
私が心に抱いて生きていた言葉が「これもまた全て過ぎて行くだろう」だった。
「私の人生がいくら重要であっても、そう、これだけは過ぎ去ってくれ、お願いだ」
こんな心で生きていた。 その瞬間、私にそれ以上の言葉はなかった。

 季節が変わり、昆虫達が脱皮をし、蝶も飛んでいこうと自分の体を破らなければならないように
私も変化するために、苦しみを経験しているのだと考えた。 自然の法則がそうであれば、
私の人生も、そこに属しているのだと信じて。 変化と成熟のための苦痛だと信じた。
だから落ち込まなかった。

 正直、私が現在大きく成し遂げたものはない。 だから他人に自分の話をすることが照れ臭いが、
一つは言うことができる。 駆ける楽しみ、もちろんそこには苦痛が伴うが、その苦痛を楽しむ方法も
私は言ってあげられる。 私が死んでしまおうと言って壊したものがどれほどで、吐き捨てた暴言
がどれほどだったのか・・・それでも、私が駆けていられるのは、永遠に私のものではないようだった、
ぼんやりしたイメージが、時間が過ぎるとだんだん具体化されていく、そんな感じのためだ。
下書きを描いておいて、これをいつ描くのかと考えるばかりでなく、時間が空くたびに描けば
時間が経つほど、完成した絵を見たい焦燥感で、辛いことも忘れて描くようになる。 これがまさに
走っている苦痛を楽しむ方法だ。

 私には、歌がそうだ。 歌の練習をするときは、本当に死にそうになる。 のども痛くて辛い。
だが、その過程で感じられる妙な興奮がある。 おそらく私の練習過程を見守って人は、
怪訝に思うだろう。変わりもしないのに、なぜあんなに毎日練習できるのだろうかと。
だが、私はできる。 毎日毎日書き記しておいていれば、ある瞬間にぱっと進歩する瞬間が
来るから。

 だが、大部分の人たちは、ぽんと進歩する瞬間が来る、まさにその直前であきらめる。
あまりにも辛くて疲れてしまうのだ。 だが、ナポレオンが言っている。 大部分の人達は、
成功の直前であきらめて放ってしまうのだと。 だから、私は放ったりしない。 絶対に。

 自らを極端に追いやっていく私を見て、人々は、自分をあまり苦しめるなと言う。 だが、
私はそれが、そんなに苦しくない。 修行する人々は、針のむしろに座っているのに、
これくらいで苦しいことなどない。 修行者が肉体を苦しめ、精神的な悟りを得るように、
私も、自分を苦しめ、音楽的成果を少しずつ成していくのではないだろうか。

 率直な言葉で、楽に生きようとするなら、楽に生きることが出来る。 だが、私は、もう少し
苦しい方を選んだ。 録音をするときや、歌を歌うとき、あともう少し苦しければ、何か得られる
ような瞬間がある。 その時あきらめず、前に進めば、完璧なものが出てくる。 そのじいんとする
感覚を知っているので、私は止まることができない。 そして、死ぬまで、止まりはしないのだ。
いくら辛くても、最後まで辛いほうを選ぶのだ。
 
訳 : green
 
アンドレ・ジッドの『狭き門』を思い出してしまった・・・・
フィソンも『狭き門』読んだかな?
 
こんなこと言うのもおこがましいけど、私もどちらかというと、「辛いほう」を選んできた。
(結構「狭き門」に影響されてるかも・・あ、『狭き門』は恋愛だけどね)
楽な方を選んでも、その分思わぬところで苦労するんじゃないかって、びくびくしちゃうから(笑)
自分から進んで苦労しておいた方が、その分プラスになって帰ってくるんじゃないかなって思うから。
 
「ある瞬間にぱっと進歩する」 これ、わかる~~~~
語学の勉強もそうだよね。
大学生の頃、ある先輩が、「語学力は階段状に伸びていく」って言ってました。
やってもやっても、「身についていっている」という感覚が得られなくて、
でも本当は、自分の気づかないところで知識は蓄積されていて、
ある一定量に到達すると、それが実力になって発揮される、そんな感じかな。
だから、「全然進歩しないな~~」と思ってあきらめそうになっても、
絶対に投げ出さないようにしよう。
語学はやっぱり継続よね!!
 
さて、次はいよいよラストでございます!!
No title * by -
greenさん、こんばんは~
偉いな~greenさんは辛い方を選ぶのね~
私は安易な方を選んでいると思います(^^;
その結果が今なのかしら(>_<)
greenさんにあやかって気持ちを入れ替えないと・・・

No title * by -
フィソンは、頭がよくて、冷静で、自分に厳しい方なのですね・・・
かっこいいですね!!

私は、楽な方にいきたいのに、自分で辛くしてしまってます(笑)

No title * by green
sakuraさん、全ての面において、ではないですけどね~~~
辛いほうというよりは、「狭き門」の方を選ぶことの方が多かったかも。
あ、でも、案外安易な方を選んだことは、自分でも覚えてなかったりするかもしれません^^;

No title * by green
ひまわりさん、そうなんです、かっこいい人なんです^^

望んだわけではないのに、辛くなってしまうこともありますよね・・
多分それはひまわりさんが優しすぎるからなのだと思います。

2011-11-11 (Fri)

「肯定のフィルターを通した否定の力」

「肯定のフィルターを通した否定の力」

フィソン著 『그래도 나는 ing』より  WHEE SUNG'S STORY 05 길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに 「肯定のフィルターを通した否定の力」  最近、私につけられた「読書狂」という修飾語に負担を感じる。 本から道を探してみようと、多くの 本を読んでいるが、実は読書を始めてから、そんなに長くはないのだ。 実際私は、絵の...

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フィソン著 『그래도 나는 ing』より
 
WHEE SUNG'S STORY 05
길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに
 
「肯定のフィルターを通した否定の力」

 最近、私につけられた「読書狂」という修飾語に負担を感じる。 本から道を探してみようと、多くの
本を読んでいるが、実は読書を始めてから、そんなに長くはないのだ。 実際私は、絵のない本を
なぜ読むのかわからない程に、漫画が好きだったし、漫画家になりたいという夢も持っていた。
つまり、一般の本とは、親しくなかったということだ。

 そんな私が本を手に取るようになったのは、3集の活動を始めた時だった。 カメラを見ることも
辛かった時期、なんとか自分に勝ってみようと、本を読み始めた。 最初はただ重苦しい気持ちで
読み始めていたが、読んでいくうちに重苦しい疑問が少しずつ解け始めた。 そうやって、1冊、2冊と
積まれた本の数がどれほどになったのかわからない。 その時、なぜ人が本を読むのかがわかった。
そして、読んだ本が積まれるほど、達成感も感じた。 そして、頭の中で新しいホルダーを作った。
達成感のホルダー、そのホルダーに本を入れ始めた。

 本を考えると、私は母を一番先に思い出す。 おぼろげな幼い頃の記憶の中で、母はいつも本を
読んでいた。 貧しい家で2人の息子を持った母。 いつも家事と内職で忙しい女性と本は、
実に不釣合いな組み合わせだが、私の記憶の中の母は、いつもそんな姿である。 今は目が
よくないので、本をあまり読まないが、何年か前でも1日に3~4冊の本を読むほどだった。 
学校に通っていた時は、図書室にある本をすべて読むほどだったらしい。 だが、なぜ私は
暇を見つけては本を読む母の姿が痛ましいのだろうか? 私の考えでは、母は本の中で
辛い現実を忘れているようだった。 そうやって、本は母にとっても慰めであり、友達だった。

 自信感に関する本に続いて読んだ本は、スペンサージョンソンの本だ。 その中で、変化に
対処する方に関する本を一番先に読んだのだが、その本を読んだ後、人々の反応は主に
2つだった。 「こんな話、だれができるのか」と言って、片付けてしまう側と、「一度だまされた
つもりで真似でもしてみるか」という、受け入れる側、私は後者だ。 「もしも私が、盛んに、
勝った余勢を駆って、いっそう猛烈に攻撃しているとき、急に映画『キューブ』のように
環境が急にぱっと変わってしまったら、果たして、私に何ができるだろうか?」

 他者が、順調だと言っていた時でも、私はこんなふうに考えて、いつも準備した。
そうやって、一時、変化というテーマに、とても欲を出した。 そしてすぐに適用した。 
できることがほとんどなかった時期だったが、作詞と作曲に挑戦し始めた。
 
 本は私にとって、大きな助けになった。 単純に間接に経験したのではない。 ある問題に
直面した時、以前は1つのことだけを考えたとするなら、今はいろいろな側面から多角化して
見る方法も、本を通して学んだ。

 私に「成功したいのなら、1000冊を読め」と勧めた方がいる。 もちろん冊数で見るなら
私もかなり読んだが、その数字が重要なようではない。 一万冊の本を読んでも頭だけで
読む人がいる反面で、百冊の本を読んでも、本の内容を、人生と連結させて実践する人が
いる。 だから、おそらく、その方の言葉は、それほど本を近くに置いて生きるのであれば、
本を通して質問を作り、答えを求めることができるという忠告だったのだ。

 最近私は、歴史の中の敗北者たちに関する本を読んでいる。 かなりシンプルな本だが、
歴史的に致命的な失敗をした敗北者達の話を扱った本だ。 この本は、私の、ひどい完璧主義
の性向のために読んでいる。 敗北者達の話を読みながら、完璧主義を捨てて見ようと。
この本を読んでいる間、じわじわと私の完璧主義が遠ざかって行こうとしているので、私は
本当に本から答えを探す人間であるようだ。 ありがたいことだ。

 自分を変えるために、肯定心理に関する本もたくさん読んだが、率直に言って、私は
いまだに否定的な人間だ。 肯定心理に関する本は、まだ、私の心を完全に動かすことは
出来なかったようだ。 自分を激しく責め立てることはできないから。 本には満足しろという
話ばかり出てくるが、私は満足すれば、そこで止まるような気がして、満足することも
肯定することもできないのだ。 だが、最近、ある方に会って、本からよりも、はるかに
大きな衝撃を受けた。

 たいへん能力のあるコンサルタントで、こんなことを言った。 「私はかなり否定的な人間です。
だが、実績はかなりよいのです。 なぜかというと、私は、仕事を始める前にいつも最悪の場合を
考えて行くんですよ。 だから、いつも私の横には最悪の場合がついて回るのです。」

 その話を聞いて、一発食らった気分だった。 これこそ否定の力ではないだろうか。 単純な
否定ではなく、肯定のフィルターを通した否定の力だということだ。 だから、その方の話を
聞いて、絶対的なものはないのだと考えるようになった。

 実際、肯定に関する本を読むと、ある瞬間、均衡感を喪失して、無条件に肯定して待て、という
従順の意味のように聞こえたりもした。 だが、その話を聞いた後、肯定や否定といった、絶対的
なものはなく、均衡が重要だということを悟った。 肯定が努力であれば、否定は、最悪の場合に
備えた、覚悟だとでも言おうか。 だから、いつも、うまくいく、という考えを持って生きるが、
心の一角には、最悪の状況になりうるという覚悟をしなければらなない。 常に肯定ばかり
して生きていくのに、世間はそれほど、くみしやすいものではなく、むしろ、悪い状況が
発生したとき、対処能力を失ってしまうこともあるのだ。

 本も、メディアも、この世は一様に、私達に全てのものを肯定しろと強要するが、私は知っている。
人生は、そんなに寛大ではないということを。 だから、世の人々が全て、肯定を叫び、追い立てても、
私は常に、胸の片隅で、否定の心を隠しておいている。 これが、否定的な私が、肯定しろと強要
する世の中と直面し、見出した妥協点、いわゆる、肯定のフィルターを通した否定の力だ。
 
訳 : green
 
 
途中、スペンサージョンソン という作家が出てきますが、『チーズはどこへ消えた?』を
書いたベストセラーですね。 (私は読んでいませんが)
 
勝った余勢を駆って、いっそう猛烈に攻撃しているとき という部分、
韓国語では、승승장구(乗勝長駆) という四字熟語になってます。
意味は、そのまま「勝った余勢を駆っていっそう猛烈に攻撃すること」
 
自分のマイナス部分に目をつぶる人もいますけどね・・・
フィソンは、自分のプラス部分ではなく、マイナス部分を徹底的に分析する人のようです。
No title * by 運動不足も解決!
aAw4M6w0
ダイエット効果まであったりして(笑)
ぽっこりお腹も無くなって、さらにさらに…
ttp://1Pgb5x80.diet.bio-rizm.net/1Pgb5x80/

No title * by -
おはようございます♪
読書は私の場合啓発本は殆ど読みませんね。
自分のマイナス点をプラスに変えていくには弱点をしらないと出来ない・・・
そんなフィソンさんの考えは芸能会の荒波にいる人だからこそですね。

No title * by green
sakuraさん、私も啓発本はほとんど読みません^^;
フィソンは多分啓発本、たくさん読んでると思います。
いろんな本を読んで答えを見つけようとしていたみたいです。

No title * by -
こんばんは。
フィソンって、すごく頭のいい方なんですね・・・
これを訳したgreenさんも、すごいです。。(均衡感とか・・)

私は知っている。
>人生は、そんなに寛大ではないということを。 だから、世の人々が全て、肯定を叫び、追い立てても、
私は常に、胸の片隅で、否定の心を隠しておいている。 これが、否定的な私が、肯定しろと強要
する世の中と直面し、見出した妥協点、いわゆる、肯定のフィルターを通した否定の力だ。

深イイ(*^^)v ポチ☆です♪

No title * by green
ひまわりさん、私も「頭のいい人だ」って思います。
自分のことをこれだけ深く分析して、文章に表現できるってすごいですよね。

2011-10-05 (Wed)

「チャンスをつかむ人たちの秘密」

「チャンスをつかむ人たちの秘密」

フィソン著 『그래도 나는 ing』より  WHEE SUNG'S STORY 05 길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに  기회를 잡는 사람들의 비밀 チャンスをつかむ人たちの秘密   人々は、私がどうやってYGという大型企画社に入ることになったのか、とても気にする。 ...

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フィソン著 『그래도 나는 ing』より
 
WHEE SUNG'S STORY 05
길을 찾는 당신에게  道を探すあなたに
 
 
기회를 잡는 사람들의 비밀
チャンスをつかむ人たちの秘密

 
人々は、私がどうやってYGという大型企画社に入ることになったのか、とても気にする。 
運がとてもよかった。 そうだ。 運が本当によかった。 だが、何もせずに待つばかりであったら、
そんな運が私にやって来ただろうか? そんなチャンスが私のところにやって来ただろうか? 
いや、チャンスというものは、準備しているものだけにやって来て、運もチャンスと並んでやって来るのだ。

 音楽学院を出た後、2ヶ月ほどアルバイトをしていて、バンドを結成した。 Mame。 パンクバンド
だった。 クラブにオーディションを受けに通っているうちに강변歌謡祭のニュースを聞いて、
自作曲で出場した。 その時、私は、レゲエのヘアスタイルと、ヒップホップスタイルでステージに
立ち、ラップと歌を歌いながら、ダンスを踊った。 一次、合格。 二次、合格。 だが、三次で
落ちてしまった。 自分達が最高だと思っていたので、信じることができなかったが、受け入れる
しかない。 だが、私に連絡が来た。 三次で審査委員だった方が、私に目を留めて、歌手に
ならないかと言い、練習生として来ないかという提案をしてきた。 意外な提議に悩み始めた。
練習室代の金もない状態で、果たしてどんな選択をしなければならないのだろうか。 決断を
下さなければならなかった。 結局メンバー達にとても申し訳なかったのだが、バンドを脱退した。

 それからは、すぐに練習生として入り、ボーカルトレーナーの助けを受けながら、歌の練習を
始めた。 その時、私は、シスコの<incomplete>を練習していて、投資者達が来れば、歌を
歌ったりしたが、反応がとてもよかった。 実はその歌は、私がとても好きな曲で、初めて歌った
時は、一番の半分を歌うとのどがかすれてしまった。 それくらいたいへんな歌だ。 その一曲を
まともに歌うために、実に6ヶ月間狂ったように練習して、その間、歌の実力がとても伸びた。

 練習生でいる間、そこの企画室長の情熱に引かれ、その方について会社を出てきた。 当時、
私には、その方の情熱と推進力が必要だった。 共に暮らしながら、 デモテープを準備したが、
その場所が、仁川文学競技場の横だった。 なんとよいチャンスなのか。 その時、その場所は
ほとんどが農村だったのだ。 私は、そこで、警察に会う心配をせずに、歌の練習だけを
思う存分しながら、未来の準備をした。

 デモテープを配り、苛立ちながら待っていたところ、ついにあるところから連絡が来た。
私達は喜びいさんで訪ねて行ったが、少し変なところだった。 無駄な苦労をすることになると
思い、大急ぎでその場を去って、また、ひたすら連絡を待っていた時、連絡が来たのだが、
それがまさに、YGだった。 ヒョンソク先輩に会ったときの嬉しさと言ったら。

 ここまでが、これといった特別な才能もなく、この世界に知り合いもいなかった私が、YG
という大型企画者に入った過程だ。 振り返ってみると、私が見ても息切れがする。 重要なのは
私は少しの間も立ち止まることをしなかったということだ。 挫折の瞬間にも少しずつ、歌手になる
ための準備をした。 学院に通ったり、バンドを作ったり、歌謡祭に参加したりしながら。 他人が
見るとたいしたことでない、そんな小さな動きがなかったなら、私とYGは絶対に結びつくことは
なかっただろう。 貧しい町の、才能のない、チェ・フィソンと、大型企画社YGは、絶対に似合わない
組み合わせだから。

 「なぜ私にはチャンスが来ないんだ? 私も一生懸命やっているのに」 こんなふうに考える
のなら、まだ準備が整っていないということだ。 準備がちゃんと整って、経済力を備えたなら
チャンスは必ず来る。 この世は不公平だが、一生懸命に準備した人に、一度のチャンスさえ
与えないほど、けちな世の中ではない。 私は考える。 準備が出来ていない人は、単に
チャンスを待つだけだが、準備ができている人は、チャンスを選び取るのだ。 とても平凡で
つまらない状況でも、すべてがチャンスに見えるのだ。 このように言えるのは、私が
そのような経験を何度もしたからだ。 休まずに準備しているうちに、私の中で何かがしきりに
生まれることを何度も感じる。 自分が知らなかった潜在能力が、努力する過程で何度も
発見されること、それはまた、準備する人々に与えられる、小さな贈り物だ。

 私にとってのチャンスは、「歌が上手くなりたい」というこの文章一つを抱いて、駆けて来ながら
出会ったものたちだ。 ただ歌が上手くなりたくて、練習をしているうちに、私の中の隠れた能力
が顔を出し、それらを集めて準備しながら、またチャンスを待った。 重要なことは、どんな
瞬間でも、少しも自分を見放さない、ということだ。 そうやって、夢一つを信じて、前へ進んで
いくうちに、多くのチャンスがついてきた。 自分が動き、準備をしなかったなら、夢も見ることが
できないチャンスだ。 だから、ただ座って、チャンスを待つのではなく、チャンスを選び取るため、
たゆまず準備するのだ。 座って、夢ばかり見ていても、それは永遠に夢としてしか、
残らないのだから。  

訳 : green
 
No title * by Tatsu
なかなかの力作ですね。
日本語としての文章もかなりの出来栄えだと思います。
これからも頑張って下さい。^^

No title * by -
準備が出来ていない人は、単に
チャンスを待つだけだが、準備ができている人は、チャンスを選び取るのだ。 とても平凡で
つまらない状況でも、すべてがチャンスに見えるのだ。

の部分に感銘をうけました!!すごい人だね!(^^)!

No title * by green
Tatsuさん、ありがとうございます。
なるべく、韓国語そのままに訳すようにしながら、日本語としても
きちんと意味が通るようにするのは、結構たいへんですが、
言葉の勉強だと思って頑張ってます!!

No title * by green
ひまわりさん、読んでくださってありがとう。
自分の実体験に基づいた言葉だから、真実味があるし、重みがあります。
「その通り!」って言うのは簡単なことなのですが、こういう言葉が自分の中から出てくるのって、やっぱりスゴイことですよね。