フィソン著、『그래도 나는 ing』 より。
'하면 된다'는 아니지만 안 하면 아무것도 안 된다
「『なせばなる』ではなく、やらなければ、何にもならない」
この章では、フィソンが「ダンス」から「歌」へと
進路を変えていった頃のことについて書かれてあります。
フィソンはソロでデビューする前に、「A4」というグループでボーカルをしていました。
そのとき、まだ高校生で、ダンスチームでバックダンサーをやってたんだよね。
で、高校のロックバンドでボーカルをしていた、ということもあって、ボーカルをやらないか
という話がまわってきたようです。
「高校のロックバンドでボーカル」う~~ん、どんな歌を歌っていたんでしょう??
でも、このときフィソンは、歌にあまり関心がなく、もっぱらダンスだけに夢中になってたようです。
バックダンサーとして、いくつものステージを駆け回りながら、いつもダンサーばかりを目で追い、
歌手には全く注目していなかったそうです。そんなときに、歌手をやってみないかと言われ、
悩むことは悩んだみたいですが、あんまり深く考えずに了承したようです。
「A4」の活動を始めた頃の日記。
가수가 돼 버렸다. 난 하기 싫은데 어떻게 하다 보니 하게 됐다. 어떤 팀인지도 잘 모르지만
내 마음대로 살아 보고 싶어서 그냥 하는 거다. 하하. 녹음이라는 걸 했는데 닌 정말 노래 못하는 것 같다. 하지 말라고 하면 그만둬야지. フィソン著『그래도 나는 ing』 より
歌手になることになった。俺はやりなくないが、どうしようかと考えているうちにやることに
なってしまった。どんなメンバーなのかよくわからないが、私の思うように生きてみたくて、
ただやるだけだ。はは、録音というものをしたが、俺は本当に歌はだめみたいだ。
やるなというのであれば、やめなきゃな。 訳:green
ただ何でもうまくやって注目されたい、そんな気持ちで始めたようです。だけど、まだ18歳くらい?
人生を長い目で見る能力もなかったと、フィソンは言っています。
처음으로 녹음이란 걸 했다. 녹음된 내 목소리를 들었을 때의 그 이질감이란. 그리고 준비 없이
순식간에 무대에 섰는데 정말 사시나무 떨 듯 노래를 한 기억이 난다.フィソン著『그래도 나는 ing』 より
初めて録音というものをやった。録音された私の声を聞いた時の、その異質感というもの。
それに準備もせずにあっという間にステージに立ったので、本当にがたがた震えて歌を
歌ったことを思い出す。 訳:green
ここで、おもしろい表現が・・・
사시나무 떨 듯 <ヤマナラシが震えるように>
「ヤマナラシ」(山鳴)というのは、背の高い木のようです。その木が震えるように、
つまり、何かに非常に恐れておののいてる様子を表す言葉のようです。
その頃のステージでは、いろいろと失敗をしたようです。、リップシンクするステージで、
マイクを左手に持ったまま、右手に向かって歌を歌ったりとか・・・
フィソンは、自分自身に深く失望し、自分が役に立たない人間のように思えたそうです。
준비 없이 '가수나 한번 해볼까?' 하는 마음으로 시작했다가는 무조건 망한다는 사실을 그때
경헙했다. 실패는 성공의 어머니라지만, 현실에서 준비 없는 실패는 아무것도 가르처 주지
않는다. フィソン著『그래도 나는 ing』 より
準備もせずに「歌手でも一度やってみるか」という気持ちで始めたならば、無条件に駄目になる
という事実をその時経験した。失敗は成功の母だというが、現実では、準備をしなかった失敗は
何も教えてくれはしないいのだ。 訳:green
そして、短かった「A4」の活動を休止し、フィソンの長い彷徨방황が、始まります。
ダンスチームに戻っても、なんだか居心地が悪く、学校にも戻れない。
大学進学をあきらめたフィソンは、アヒョン<아현> 職業学校に行くことにします。
歌手活動していた、ということで、音楽班に入るのですが、そこには才能のある人たちが
あふれていて、衝撃を受けます。
ここで一緒だったのが、パク・ヒョンシンとファンヒだったようです。
フィソンは「萎縮するばかりだった」、と言ってます。
この職業学校に初登校して自己紹介をしたとき、みんなが、「歌!歌!」と連呼したそうです。
で、フィソンは、ユ・ヨンジンの<그대의 항기>「君の香り」という歌を歌いました、が、
「わ~~~~」という歓声が上がると思いきや、反応は今ひとつだったようです。
ここには、自分より歌が上手くて、実力を持った人がいっぱいいる、素質と才能にあふれた人
ばかりだ・・・「私が一生練習すれば、あの人達のようになれるんだろうか」
そんな絶望感にさいなまれながら、ますます彷徨が続くフィソン。
学校はもちろん、ダンスチームにいも行かずに、活動をほとんどやめていた時期だったのでA4の
宿所にも帰らず、家にもあまり帰らなかった。それこそ、野宿者のように、ただ、時間を過ごして
いた。酒を飲み、他人の作業室で寝て、地下室で寝て・・・
そんな中で、頭の片隅には、「もう一度挑戦してみたい」「このまま失望して生きたくない」という
強い思いが残っていて、その思いがフィソンを動かします。そして、たどり着いたのが、
「実用音楽学院」なんですね。フィソンは、「ここで人生の転換期を迎えた」と言っています。
나는 사람들이 흔히 말하는 '하면 된다' 라는 말을 믿지 않는다. '하면 된다' 라는 말을 쉽게
입에 올리는 사람들은 정말 죽어라 뭐가 해본 적이 있기는 한 걸까? 세상은 그렇게
호락호갈하지 않고 노력한다고 모든 일이 다 이루어지지도 않는다. 그건 내가 어린 나이에
온몸으로 경험해 봐서 안다. フィソン著『그래도 나는 ing』 より
私は人がよく言う「なせばなる」という言葉を信じない。「なせばなる」という言葉をたやすく
口にする人は、本当に死に物狂いで何かをした事があるといえるのだろうか。世の中は
そんなに甘いものではなく、努力したからと言って、全てがかなうわけでもない。それは、
私が、若い頃全身で経験してわかったことだ。
호락호락って、おもしろい言葉ですね。
(人の性格が)いい加減でつかみどころがない、という意味と
おいそれと、まんまと、うまうまと、という意味があるようです。
確かにね・・・・努力したからといって、それが全て実になる・・・というわけでもないよね。
世の中にはそういう不条理なところもある。
でも、実にならなかった努力が無駄だったか?といえば、絶対にそれはないと思う。
それは、きっと何かの肥やしになってるはず。目には見えなくても、その人の力になってるはず。
長い「彷徨」の末に、歌の専門学校に行くことにしたフィソンですが、
そのときにはもう、「歌手になる」という気持ちが固まってたんだよね。
いや、「歌手になる」といよりは、「歌が上手になりたい」という気持ちだよね。
その、今までダンスに向いていた関心を「歌」に向かわせたものは一体何??
そこが知りたいのよ~~~~~
最初は「歌でもやってみるか」で始めた・・で、自分の実力のなさを知った。
でも、ただそれだけでは、「なぜ歌を本気でやろうと思ったのか」そこが
いまいちわかんないのよ!!
あなたを「歌」に向かわせたものは一体何??
本当に素晴らしい歌声と歌唱力ですね!!癒されます。早く今の歌声聴きたいです。完璧なステージを心掛けているブンちゃんの事、きっと今その為の準備を一生懸命していると思います。この動画を見て思いました。彼が納得出来るまで時間かかると思いますが静かに待ちたいと思いました。