緑の光線

Top Page › 『그래도 나는 ing』 › 人生に対する全ての答えは私の中にある。
2010-01-31 (Sun)  10:39

人生に対する全ての答えは私の中にある。

フィソン著『그래도 나는 ing』より・・・

「人生に対する全ての答えは私の中にある。」<삶에 대한 모든 답은 내 안에 있다>

この章では、フィソンが経験した苦痛、その苦痛に打ち勝つこと、そしてこれからのことを
書いています。

事務所を移籍したことへの責任、ミニアルバム活動中におきたスキャンダル・・
そんな苦痛から逃れるために、フィソンは抗うつ剤の量を増やしていきます。

하우울제는 사람을 마치 바람 빠진 타이어처럼 만들어 버린다. 절망과 괴로움을 없애 주는
대신에 기쁨과 욕망도 빼앗아가 사람을 바보로 만드는 것이다. 그저 멍한 상태.
하지만 그때의 나는 그게 좋았다. 온갖 고질병과 무대 공포증으로 무대에 서기가 그렇게
힘들었던 내게 무대가 부담스럽지 않았으니까. 두려움없이 무대에 섰고 그냥 노래를 불렀다.
하지만 힘들지 않은 만큼 기쁘지도 않았다. フィソン著『그래도 나는 ing』より
抗うつ剤は人をまるで空気の抜けたタイヤのようにしてしまう。絶望と寂しさをなくしてくれる
代わりに、喜びと欲望を奪い、人をバカにしてしまうのだ。ただ気が抜けただけの状態。
だが、その時の私はそれがよかった。あらゆる持病とステージ恐怖症でステージに立つことが
とても辛かった私が、ステージにプレッシャーを感じずにすんだのだ。恐れもなくステージに
立ち、ただ歌を歌った。だが、辛さがなければ、それだけ喜びもなかった。 訳:green

そんな精神状態は、記憶することも避けてしまうのか、フィソンは、2007年と2008年
の2年間の記憶がほとんど残っていないと言います。

その苦痛がどのようなものかを、フィソンはロールプレイングゲームに例えて
説明してるんだけど、私はゲームのことはよくわからないし、いまいちつかめてないので、
ここは省きます(笑)

だけど、フィソンは苦痛の中で、なにもせずにじっとしていたわけではないのです。
前進も後退もない苦痛でなければ、少しずつでも前に進み出ていることを感じるのなら、
充分に打ち勝つことができると言っています。

別の章に書いてあったんだけど、
この辛かった時期、一分、一秒を無駄にしたくなかったそうです。
朝早く起きて中国語の勉強をして、授業が終われば、ボーカルレッスンを受けに行く。
レッスンが終わった後は運動。
合間の時間に本を読み、夜はダンスのレッスン。
そして、夜は疲れ果てるまでひたすら走る・・・
そんな毎日を過ごしていたそうです。

そうやって、動いていなければ、耐えられない時期だったと・・・・


そんな辛い時期を過ごしてきた今、30歳を目の前にして、
フィソンは20代最後をどう過ごそうかと考えてるようです。

ちなみに、来月2月5日に、フィソンは28歳の誕生日を迎えます。
韓国では数え年なので、29歳、つまり、20代最後の年になるわけです。

그래서 서른 살을 앞둔 스물아홉의 1년 동안 인간이 가장 참기 힘들다는 세 가지 욕구를
절제하는 것에 도전하기로 했다. 수면됵과 셩욕과 식욕. 이 세 가지 욕구 다 인간이 살아가는
데 꼭 필요한 욕구지만 아이러니하게도 적으면 적을수록 삶을 자유롭게 한다.
フィソン著『그래도 나는 ing』より
だから、30歳を前にして29歳の一年間、人間が最も耐え難いという3種類の欲求を節制する
ことに挑戦することにした。睡眠欲と性欲と食欲。この3つの欲求全て人間が生きていくうえで
絶対に必要な欲求だが、皮肉にも少なければ少ないほど人生を自由にできる。   訳:green

え~~~~~~??? ほんとに????
もともと眠れない性質のあなたが、なぜにわざわざ睡眠欲を抑えるの??
眠れるときは眠った方がいいよ~~~睡眠は大事だよ!

それに、2番目の欲と、3番目の欲も、ある程度は満たしてあげた方が健康的だと思うけど・・・

フィソンは、この挑戦、やり抜く気、満々のようですが、私は心配。。。。

이렇게 인간이 가장 참기 힘든 욕구를 차단하고 나를 극단으로 몰아붙이면 남들이 가질 수
없는 감성과 경험을 얻을 수 있다는 생각이 든다. フィソン著『그래도 나는 ing』より
こうやって、人間が最も耐え難い欲求を排除して自分を極端に押しやれば、他人が持つことの
できない感性と経験を得られるのだと考える。     訳:green

そんなに極端に走らなくっても・・・・と、私は思うのですが。
何かに挑戦したい、そして何かを得たい、という気持ちはわかるけどね・・・
もう少し、物事を楽に考えられたら、彼もこんなに苦しまずにすむのではないかと
思ったりもします。

最後に、20代最後の一年に対して、こう書いて締めくくってます。

아,벌써부터 나는 내년이 기대된다. 내년은 서른이 되기 전 마지막 한 해.
내 나이 스물아홉이 되는 해다. 나는 서른이 되기 전에 일종의 의식을 치르고 싶다.
숨 가쁘게 달려온 나의 이십 대를 또 다른 도전을 통해 멋지게 마무리하고 싶다.
그러면서 나는 내가 삶에 던지는 물음에 대한 또 하나의 답을 찾을 것이다.
지금까지 언제나 그래왔듯이. 인생에 대한 잘문도 해답도 결국은 자기 자신 안에
있으니까. フィソン著『그래도 나는 ing』より
あー、すでに私は来年に期待している。来年は30になる前の最後の一年。私の歳が29になる
年だ。私は30になる前に一種の意識を経験したい。息苦しく走ってきた私の20代を、
また別の挑戦を通してなんとかかっこよくしたい。そうすれば、私は、私が人生に投げかけた
問いに対するもうひとつの答えを見つけるだろう。今までもいつもそうしてきたように。
人生に対する質問も回答も、結局は自分自身の中にあるのだから。 訳:green

フィソンの20歳最後の一年が、彼にとって、意味のある年になりますように。

これで、WHEESUNG'S STORY 01は終わりです。
次回からは WHEESUNG'S STORY 02に移ります。

最初は、韓国語のお勉強の一環として・・・
なんていう気持ちで記事を書いていたのですが、だんだん内容重視になってきました!!
今5分の1くらいまで来たかな?
フィソン、頑張るよ~~
スポンサーサイト



最終更新日 : 2019-06-08

Comment







管理者にだけ表示を許可