緑の光線

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2010-04-19 (Mon)  10:17

「自殺、強く生きたいと願う人たちの最後の選択」

フィソン著、『그래도 나는 ing』より。

자살, 너무나 살고 싶은 사람들의 마지막 선택

「自殺、強く生きたいと願う人たちの最後の選択」

この章・・・・記事にするのやめようかな、とも考えました。
あまりに辛いので。
だけど、フィソン自身が書いたことなのだから、
きっと、みんなに読んでもらいたくて書いたことなのだから、
こうやって記事にすることにも、何か意味があるかな・・と思い、
あまり、感情は差し込まず、淡々と書いていくことにします。

まず始めに、「人から無視されたくない」という自分の性格について書いています。

올해 큰마음 먹고 외제차를 샀다. 원래 차에 관심도 없고 밖에 나갈 알이 별로 없어서 차가 팔요
없었는데 굳이 외제차를 산 까닭은 무시당하고 싶지 않은 마음이 생겼기 때문이다.
フィソン著、『그래도 나는 ing』より
長い時間をかけて一大決心をして外国車を買った。元々車に関心もなく、
外出する用もあまりなく、車は必要なかったが、あえて外国車を買った理由は、
無視されたくない気持ちが生じたからだ。   訳:green

多分この本を執筆する少し前のことなのかな。
音楽が流れる小さな車であればよかったのに・・・と言いつつも、
どこか他人の視線が気になる、注目されたい、という気持ちがあって、
わざわざ外国車(しかも中古)を買ってしまったようです。

そして、こう続きます。
人々の視線を恐れる気持ちが強くなると、いつも死ぬことを考えると・・・

죽음이란 것에 대해 아주 깊게 생각하게 되는 요즘이다. 죽은 뒤에 뭐가 잇을까.
인간은 워 하러 살까. -2집 활동 둥 일기 フィソン著、『그래도 나는 ing』より
「死ぬということについて、最近とても深く考えるようになった。死の後に何があるのだろうか。
人間は何をするために生きるのか」2集活動中の日記より。   訳:green


2集の活動中の頃から、死と自殺を念頭に置き、その自殺の衝動が極に達したのは、
やはり企画社を移った後のようです。

내가 언제 어느 때나 자신 있게 말할 수 있는 맏음 하나는 '나는 내 인생을 놀리지 않았다'는
것이다. 적어도 멍청한 인생을 살지는 않았다고 믿고 산다. 나는 인생을 놀리는 것을 가장 참지
못한다. 1분 1초도 시간이 그냥 지나가는 걸 참을 수 없다. 스스로를 계속 구석으로 몰아붙이면서
그렇게 내 인싱을 다그쳤다. フィソン著、『그래도 나는 ing』より
私がいつどのときでも自信を持って言える、信じていることのひとつは、「私は自分の人生を
休ませなかった」ということだ。少なくとも間の抜けた人生を生きてはいなかったと信じて生きて
いる。私は人生を休むということが最も耐えられない。一分一秒でも時間がただ過ぎて行く事が
耐えられない。自らを隅に押しやり続け、そうやって自分の人生をせきたてた。訳:green

なのに、企画社を移した後、自分を休ませざると得なかった状況が、フィソンをどんどん
苦しめていったようです。自分の望む音楽ができないこと。前に進もうとあがいても、いつも
元の場所に戻ってしまうこと。結局それは自分の責任だと考えてしまうこと。
それが自殺の衝動へと繫がっていったようです。

ここで、自分の「うつ」のことについて書いています。
正式に憂鬱症と診断されたのは、2005年。
その後企画社を移り、大学病院で憂鬱症の検査を受け、そのときの憂鬱症の指数が一般人の
24倍、最高危険指数の8倍、その大学病院の検査以来最高記録だった、と書いてます・・・
その上、睡眠剤、抗うつ剤などの薬物にはほとんど中毒状態であったことも・・・

そんな状況でもアルバムは発表となり活動もしなければならない。
声はまともに出ない、薬に頼る、度重なる嘔吐のせいで喉はひどい状態になる・・・
一方では、なんの絶望も欲望も感じない、全ての感情が止まる、だから楽な気持ちで
ステージにも立てる・・・
この状況については、前にも書いてあったけど、この間の記憶、すっかり抜け落ちてるんだよね。

약을 먹으며 자살 충동과 싸울 때 눈앞에 칼을 놓고 멍청하게 앉아 있는 날이 많았다. 그렇게
칼을 내려다보며 밤을 보냈는데 머릿속으로 많은 망상과 싸워야 했다. 결국 어느 날인가 나는
가지고 있는 수면제, 항우울제든 모든 약을 털어 넣은 뒤 문을 잠그고 눈을 감았다. 깨지
않기를 바라면서. フィソン著、『그래도 나는 ing』より
薬物を飲み、自殺の衝動と戦っているとき、目の前にナイフを置き、ぼうっとして座っている日が
多かった。そうやってナイフを見下ろし夜を過ごしたが、頭の中で多くの妄想と戦わなければなら
なかった。結局ある日だったか、私は持っている睡眠剤、抗うつ剤など全ての薬をはたきいれた(?)
後、ドアを閉め目を閉じた。目覚めないことを願いながら。   訳:green

털어 넣다.   「はたき入れる」というような意味ですが、多分、口に全部入れてしまった
         という状況を表しているのではないかと思います。

目覚めたその日、(どれだけひどい状態だったかは、ここでは省きますが)
「愛はおいしい」사랑은 맛있다を歌わなければならなかったそうです。
泣きつかれた顔の筋肉を無理に引っ張り、かすれた声で사랑은 맛있어「愛はおいしい」と
哀しい悲鳴を張り上げた、と書いています。

ここで、薬物過多服用で志望した俳優のヒース・レジャーのことと、
アメリカの詩人、シルビア・プラスの名前が出てきます。

シルビア・プラス(Sylvia Plath)という詩人、私は初めてその名前を知りましたが、
「どうか医者を呼んでください」というメモを残してオーブンに頭を突っ込んで自殺した人らしいです。

フィソンはこのメモから、彼女がどれだけ生きようとしてたのかがわかると言ってます。

나 또한 그녀처럼 죽음을 통해 삶의 의지를 확인하고 싶은 것인지도 모른다. 내가 부르는 노래
안에서 삶과 죽음은 하나의 과정일 뿐이다. 소통스런 삶을 살면서 죽음의 존재를 확인하고
죽음을 통해 삶의 의지를 확인하는. フィソン著、『그래도 나는 ing』より
私も同じく彼女のように死を通して、生の意志を確認したかったのかもしれない。
私が歌う歌の中で、生と死はひとつの過程であるにすぎない。苦痛を伴う人生を生きながら、
死の存在を確認して、死を通して生の意志を確認する。  訳:green

最後にこう締めくくっています。

새 앨범 활동을 앞둔 지금, 다시 자살을 생각할 마음은 없다. 무엇보다 나를 너무 사랑하는 가족의 존재가 나를 막는다........휘겅이라느 사람이 하루아침에 바뀔 리 없으니 앞으로도 나는 끊임없이 나 자산과 사투를 별이며 살아갈 것이다. 다만 달라진 것니 있다면 못나면 못난 대로 부족하며
부족한 대로 나를 끌어안고 오늘보다 조금 나은 내일을 그리며 조급하게 움직이지 않겠다는 것,
그것 뿐이다. 죽지는 안겠지만 죽을 둣이 살 것이다. フィソン著、『그래도 나는 ing』より
新しいアルバムの活動を前にした今、再び自殺を考えるつもりはない。何より私をとても愛して
くれる家族の存在が私を思いとどまらせるのだ。・・・・フィソンという人が、ある朝変わるはずが
なく、これからも私は絶えず私自身と死闘しながら生きていくということだ。
ただ変わったことがあるのなら、愚かなら愚かなままで、至らなければ至らないまま自分を抱きしめ、
今日より少しよい明日を描き、焦って動かないようにすること、それだけだ。
死にはしないが、死ぬように生きるのだ。 訳:green



最後に私からちょっとだけ。。。。

やっぱり、どうしても、オンマの立場から考えてしまうわけです。
私にも二人の男の子がいますから・・・・
20代を過ぎて、成人したって、やっぱり息子は息子ですよ。
自分の息子が、真剣に死を考えていたら・・・
想像するだけで、もう胸が張り裂けそうです。
そういう意味で、私はこれを読むのがとても辛かった。

こういう経験をしてきたことで、「死」に対する考え方が、変わった・・・
ただ変わるんじゃなくて、何かを乗り越えることができたのかもしれません・・・・・
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最終更新日 : 2019-06-08

No title * by yonekyon
そんな思いがあったんだね・・企画社を変わって大変だったのね。ほんと何かを乗り越えて、さらに成長しているのかも・・自分の息子が先に・・とは考えらないですよね。これを読んだら、フィソンをさらに応援したくなるねー

No title * by green
内緒さんがそういう風に思えるのは、これまでの経験があってこそなんだよね。上の3行、私も同じ思いです。結局は「一人」結局は「孤独」なんです。
多分、彼には若さと未熟さがあったんだと思います。
人が平気でやり過ごせるようなことでも、彼の性格だとそうは行かず、とことん突き詰めてしまった、って部分もあると思います。
楽観的に生きていけない人なんだろうな・・・

No title * by green
よねきょんさん、すごく辛かったよ・・・母の立場で考えるとね。
うん、フィソン、応援してあげてね♪

No title * by M
こういう悩みを抱え苦しんでいたとことは、1年くらい前、いわゆるパニック症候群をキム・ジャンフン氏がカミングアウトした直後に「同じ悩みを持つフィソンを交友を深めた」というネットの記事を読んで初めて知りました。ジャンフンさんもそうだと思いますが、(人から期待されている)表のイメージと内面のギャップに、アーティストという繊細な神経の持ち主だけに、一般人以上に苦しんでしまうものなのでしょうね・・・

No title * by green
エムさん、キム・ジャンフン氏、初めて聞く名前でしたが、歌手なんですね。どんな歌を歌う人なのか、後でチェックしてみようと思います。
歌手だったり、俳優だったり、そういう職業の人って、人一倍感受性が強く、その分傷つきやすい性格だったりするのでしょうね。
こうやって、文章にする作業もかなり辛かったのではと想像してしまいます・・・

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そんな思いがあったんだね・・企画社を変わって大変だったのね。ほんと何かを乗り越えて、さらに成長しているのかも・・自分の息子が先に・・とは考えらないですよね。これを読んだら、フィソンをさらに応援したくなるねー
2010-04-19-19:36 * yonekyon [ 編集 ]

No title

内緒さんがそういう風に思えるのは、これまでの経験があってこそなんだよね。上の3行、私も同じ思いです。結局は「一人」結局は「孤独」なんです。
多分、彼には若さと未熟さがあったんだと思います。
人が平気でやり過ごせるようなことでも、彼の性格だとそうは行かず、とことん突き詰めてしまった、って部分もあると思います。
楽観的に生きていけない人なんだろうな・・・
2010-04-20-08:28 * green [ 編集 ]

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よねきょんさん、すごく辛かったよ・・・母の立場で考えるとね。
うん、フィソン、応援してあげてね♪
2010-04-20-08:28 * green [ 編集 ]

No title

こういう悩みを抱え苦しんでいたとことは、1年くらい前、いわゆるパニック症候群をキム・ジャンフン氏がカミングアウトした直後に「同じ悩みを持つフィソンを交友を深めた」というネットの記事を読んで初めて知りました。ジャンフンさんもそうだと思いますが、(人から期待されている)表のイメージと内面のギャップに、アーティストという繊細な神経の持ち主だけに、一般人以上に苦しんでしまうものなのでしょうね・・・
2010-04-21-09:34 * M [ 編集 ]

No title

エムさん、キム・ジャンフン氏、初めて聞く名前でしたが、歌手なんですね。どんな歌を歌う人なのか、後でチェックしてみようと思います。
歌手だったり、俳優だったり、そういう職業の人って、人一倍感受性が強く、その分傷つきやすい性格だったりするのでしょうね。
こうやって、文章にする作業もかなり辛かったのではと想像してしまいます・・・
2010-04-22-22:19 * green [ 編集 ]