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2014-05-31 (Sat)  10:08

노래가 좋아 訳詩(&とりたて助詞について少し)

노래가 좋아(歌が好き)
作曲 : 미친 감선
作詞 : 휘성
 
마냥 노래  하는 게 좋았어 뭔가 변하는 내게 놀랐어
ただ歌うことが好きだった 何かが変わる自分に驚いた
 
그렇게 타고난 노래쟁인데 언제나 모든 걸 바쳐 불렀지만
そんな生まれつきの歌うたいだから いつもすべてを捧げて歌ってきたのに 
 
뭔가 채워지지 않았어
何かが満たされなかった
 
난 노래만 불렀는데 그 것 밖에 안 했는데
僕には歌だけだった それ以外はなかった
 
무대 위의 내 모습은 언제나 겁쟁이 같았어
ステージの上の自分の姿はいつも臆病者のようだった
 
난 도망치고 싶었어  하지만 길을 잃었어
僕は逃げたかった でも道に迷ってしまった
 
갈 곳이 없다면 부를래 더 간절히 노래할래 노래로 기도할래
行き場がないのなら 歌おう もっと切に 歌を歌おう 歌で祈るんだ
 
만약 노래 하지 않았다면 지금 나는 뭐가 되어 있을까
もしも 歌を歌っていなかったら 今僕は何をしていただろうか
 
상상도 재미로 안 될 만큼 노래만 잘하고 싶어 욕심과 현실에 타협하지 않았어
想像してもつまらないくらいに 歌をうまく歌いだけだ 欲と現実に妥協しなかった
 
난 노래만 불렀는데 그것 밖에 안 했는데
僕には 歌だけだった それ以外はなかった
 
무대 위의 내 모습은 언제나 겁쟁이 같았어
ステージの上の自分の姿はいつも臆病者のようだった
 
난 도망치고 싶었어 하지만 길을 잃었어
僕は逃げたかった でも道に迷ってしまった
 
갈 곳이 없다면 부를래 더 간절히 노래할래 노래로 기도할래
行き場がないのなら 歌おう もっと切に 歌を歌おう 歌で祈るんだ
 
이게 내 태어난 이유야 살아야 이유야 난 노래만 부를 거야 더 힘차게 부를거야
これが僕が生まれてきた理由 生きていく理由 僕は歌うだけだ もっと力強く歌うんだ
 
세상의 광할함을 알지만 무대만 내 세상이야
世界の広さはわかっているが ステージだけが僕の世界
 
난 포기 하지 않겠어 더 나은 나를 찾겠어
僕は諦めない より良い自分を探すんだ
 
끝까지 지켜봐 언젠가 내 꿈이 이뤄질 테니
最後まで見ていて いつか僕の夢が叶えられるから
 
난 노래가 좋으니까
僕は歌が好きだから
 
 
 
歌詞の内容は、MUSICの別バージョンといったところでしょうか。。。。
フィソンの想いがダイレクトに伝わる歌詞ですね~~
 
歌にはあまり関係ありませんが・・・・
日本語の文法用語で「とりたて助詞」というのがありますが、
代表的なとりたて助詞は、「」「さえ」「だけ」「しか」などです。
韓国語でいうと도、 만、 밖에、 저차 、마져・・・といったところでしょうか。
日本語と韓国語は、助詞の使い方もほぼ同じなんですね~~~
 
とりたて助詞は、助詞の前の名詞を取り立てます。
例えば、私は、フィソン好きだし、SE7EN好きだし、BEAST好きだ。
この時の「」は、フィソン、SE7EN, BEASTを取り立てています。
 
ところが例外もありまして、
私が持っている本「新しい日本語学入門」(庵功雄 著)で挙げられた例を引用させていただくと・・・
息子が熱を出した。頭冷やしたし、薬飲ませたがよくならない。
この場合の「」は、頭以外の部分も冷やした、というわけではなく、「頭を冷やす」という処置以外のことも
した、という意味ですよね。 薬も飲ませた、というのは、薬以外の何か飲み物を飲ませた、という意味ではなく
「薬を飲ませる」という処置以外のこともした、という意味です。
つまり、「も」は、「頭を冷やす」「薬を飲ませる」を取り立ててるのです。
 
ここでフィソンの歌詞に戻りますが・・・・
노래만 부르다 というのは、歌だけ歌って、ほかには부르다(叫ぶ、呼ぶ)の行為をしていない、
という意味ではなく、は、노래를 부르다全体にかかる言葉なんですよね。
今まで韓国語の文章を訳してきて、만は、直前の言葉だけにかかるわけではないんだな~~と
感じていましたが、ここ最近日本語の文法を勉強していて、もしも日本語の助詞と同じような
働きをするのであれば、文脈をちゃんと読み取って、正しく訳さないとダメなんだな~~
なんて感じた次第です。
 
あ~~~言葉って、深い・・・
 
 
 
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最終更新日 : 2019-06-08

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